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良き死 [生きる]

先日、友人と洞爺湖へ日帰り温泉に行きました。
行く途中のカルメル修道院に用事があるので、立ち寄りました。
友人も、初めての経験だからと入ってきました。
聖堂に入り「アーメンはどこに向かって唱えればいいの?」と聞きましたので
「アーメンの言葉の意味は、「そうなりますように」とか、「確かに」「その通りです」
という意味ですから、祈りのあとに十字架でもいいですしマリア像、
あるいは唱えるだけでもいいです。と説明しました。

車の中で「医者から年内一杯(寿命)だから、本人に告知した方がいいと言われたが
95歳になった母親にそんなことは言えない。知らずに亡くなった方がいい」と話した。
癌が転移し手の施しようがないと医者から言われたが、本人は杖もなく元気に歩いていて
ぼく達が温泉に行くときには、玄関で見送ってくれました。

友は多分聖堂で、母親のために心の中で祈っていたのではなかろうか。
それで「アーメン」について聞いたのだと思う。

ぼくは「良き死を迎えられますように。
残りの月日をを家族とともに悔いのない日を過ごすことができますように」と祈りました。
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身代わりで死刑になった司祭 [生きる]

聖マクシミリアノ・マリア・コルベ司祭・殉教者

地上の地獄であるドイツ。ナチスの収容所、アウシュビッツの囚人たちは、
恐怖におののいていました。

七月二十日、一人の仲間が脱獄して、すべての囚人は、朝から夕方まで、
炎天下に直立不動の姿勢をとらされていました。
何人もが暑さで倒れましたが、罰はまだ終わっていませんでした。
その上、十人の囚人が餓死の刑を受けるのでした。収容所の所長はその列の間を歩いて、
囚人たちの苦しみと不安を長びかせ、やっとその10人を選び出しました。
選ばれなかった人は胸をなで下ろし、
一人の死刑を受ける者の嘆きには耳を貸しませんでした。

十人の中の一人は、「妻や子どもたちには二度と会えない」と嘆き悲しんでいました。
その時、 一人の囚人が進み出て、
「お願いします。私は彼の代わりになりたいのです」と申し出ました。
それを聞いて驚いた所長が、「誰だ」と尋ねると、
「ポーランドのカトリック司祭です」という返事が返ってきました。
所長にとって問題はなかったので、申し出は受け入れられました。

コルベ神父と他の九人は、真っ裸になって、地下牢に入れられました。
アウシュビッツでは、このような刑は初めてではありませんでした。
毎日、牢の監視のために入るナチスの兵隊にとって、
コルベ神父の目に輝く平和な静けさは、耐えられない事でした。
「私たちを見るな。下を向け」と叫ばねばなりませんでした。
十四日後、生き残っていたのは四人だけでしたが、
その中で意識がはっきりしていたのはコルベ神父一人でした。

地下牢は他の処刑者のために必要となり、
四人は、毒物の注射により殺されることになりました。
コルベ神父は祈りながら、自分から腕を差し出し、注射を受けました。
「数分後、私が入ってみると、顔は輝き、日は天を見つめたままで壁によりかかり、
コルベ神父は死んでいました。その姿は高潔そのものでした」と、
ナチスに強いられて手伝っていた囚人の一人が、後で語っています。
(サンパウロ刊「ミサの前に読む聖人伝」より抜粋)


コルベ神父については下記に紹介されています
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%99

アウシュビッツでは、囚人が一人脱走しそのまま逃げた場合には10倍の十人、
二人ならば二十人が処刑されたそうです。
どのような環境に置かれても、人は生きる希望を持ち続けます。
劣悪で地獄のようなアウシュビッツでの生活、でもいつかは自由の身になれる、
こんなことは長く続くはずがない、
お互い励まし合いながら日々耐え忍んでいたと思います。
そんな時に突然の「死刑宣告」、むごいです。

「いつかは必ず帰ってくる」と留守宅を守っている家族、
それを思うと死刑を到底受け入れられない囚人に代わって、
コルベ司祭が死刑になりました。
この囚人は生き延びることができ、
終戦後コルベ司祭のお墓に墓参りに行ったと聞きました。
囚人にとっては、八月十四日は生涯決して忘れることができない日だったでしょう。

友のために命を捨てる、 これにまさる大きな愛はない。(ヨハネ十五章十三節)
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納骨時の写真が消えている [生きる]

4月15日から17日は新十津川の義姉の百か日と納骨に行ってきました。
納骨は四十九日にする予定でしたが、お墓が雪に埋もれているので
百か日の法要と納骨を一緒にしました。
風はまだ冷たいですが、畑も山も雪が無くなり、
義姉の好きだった庭の花も咲き始めまさに春の気配です。

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墓地に行き、お花をいけようとしたら水道の水が出ない。
まだ水道管が凍る可能性があるので、元栓を止めてあります。
仕方なく近くのコンビニストアで水が入ったペットボトルを買ってきました。

家に帰ってからは、妻も加わり女性同士で形見分け。
妻は大きなビニール袋に二つと、三升漬けを梅酒の瓶に2本もらってきました。

妻もこれで気持ちの整理が一つついたと思います。

(不思議なことが起こりました。 墓地で撮った写真が全部消えているんです。撮ったあとは確認しています。義姉は写真を撮られるのが嫌でしたから……)




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認知症患者の徘徊 [生きる]

十日ほど前に低空でヘリコプターが旋回していた。
高い空を自衛隊のヘリコプターが飛んでいくのは稀には見る。
その場合には数機で編隊を組んで飛んでいる。
今回は1機で色も違うので写真を撮ってみた。
やがて警察関係だと名乗る男性が訪れてきたので、
事件?だと思い不安を感じ戸を開けると
「一昨日行方不明なった認知症の男性を探しています。見かけたことはありませんか?」
と写真のコピーと年恰好を説明してくれた。
年齢の割には健脚で、一人で周辺の山を越すのは珍しくないと言う。
住所は同じ町内だが1km上離れているので、氏名を聞いても分からない。
それらしき人を見かけたら連絡をすると返事をした。

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尾翼には「北海道警察」
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河川敷を6人の警察官が念入りに捜索している。
風太郎も買い物ついでに裏道などを探したが見つからない。
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数日後の回覧板
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近所の奥さんは他人事でないと言っている。
ご主人の現役時代には学校で責任の立場にあり、退職後も町内会長などを務めた。
最近は認知症が進み、買い物に行くときには誰かが訪ねてきても絶対に玄関を開けては
いけないというが、開いていることがしばしばあると言う。
開けていけないと言うのは、奥さんが留守の時に訪問販売の人がご主人に高額の商品を
勧めて、書類に署名をするばかりになっていたことがあった。
それに無断で歩き回り、事故にでも合いやしないかと気が気でない。
寝ていても、いつ外に出ていくのか心配。東京にいる子供たちは交代で様子を見にきて
くれるが、それにも限界があり、
そうかといって、長年連れ添ってきて今更施設に入れるのも罪悪感を感じる。
頭が痛いと嘆いている。

風太郎は、越してきてこれほどの大が掛かりな捜索は初めてだが
山菜採りの時期になると、毎年行方不明者の遺体を見つけるひとがいると言う。

風太郎も自分の年齢を考えるとそう遠い問題でもない。



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変質者・不審者に注意! [生きる]

子供への非情な事件が起きるたびに
「どうして?なぜ?」と心が痛みます。
将来の夢をいだいて一生懸命に光り輝きながら生きている
小さな命の芽を摘んでしまう陰湿な事件。
風太郎が住んでいる近隣周辺でも、度々似たような未遂事件ごときが起き
その度に「子供見回り隊」に情報が提供され、
不審者から子供を守るように注意を喚起します。
それにつけても、
亡くなった我が子を抱き故国に帰る親の気持ちはいかほどでしょう。
小さい頃は松戸に住んでいたことがあるので、やりきれない気持ちです。

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明るく生きようよ [生きる]

居酒屋さんでご婦人の呑み友達ができました。
風太郎は月に1.2回しか行きませんので「いらっしゃいませ」と店員さん、
ところがご婦人が行きますと
「いらっしゃいませ!常連さんがお見えです」と店員さんの歓待の一声が店内に響く。
どうやら一日おき位に来ているらしい。
そのご婦人は、風太郎たちを見つけると「あら!」と言いながら傍に座る。
K婦人と言い20年以上前にご主人を亡くした。
年齢を聴いてビックリ、60代前半だと思い込んでいたのだが、風太郎よりも5歳上。

大きな声で話し、豪快に笑う。
なぜそんなに明るく毎日を過ごせるのか、と疑問に思い聞いてみた。
12年前に胆のうがんを患い、余命半年と宣告された。
札幌で看護師をしている娘さんはそれをきいて驚き、自分の勤めている病院で
手術を受けさせた。
余命半年なのに痛い思いをしたくなはないと手術を拒んだが、
結局子供たちの説得に応じた。
その後、2回全身麻酔で手術をし、
その後再発はしていないと笑いながら煙草をスパスパ。
「髪の毛も、下の毛も全部抜けてしまうのよ。頭だけではないのよ、ここもよ。
人生は楽しく明るく生きないと絶対に損よ!そうだと思わない。呑みましょうよ」

風太郎は紫煙は苦手だが、K婦人の快活な話しぶりには許してしまう。

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3.11 東日本大震災追悼復興祈念 [生きる]

隣の市、室蘭市の教会での東日本大震災追悼ミサに与ってきました。
国などからの被災者への援助は、減額されたり打ち切られたりしていきますが
決して私たちはあなた方を忘れはしません。
自分のできることを、できる範囲で援助していきたいと思います。

被災された方々と沢山の人達が絆で繋がり、応援しています。
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私は大根です [生きる]

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胴長の短足。
変なの。
何と言われようとも、私は大根です。
人様の胃を満たすために店先に並びました。
美しい姿の大根と同じ味です。
美しい姿の大根は数多く並んでいますので、個性がありません。
自慢ではありませんが、その点私は個性があり存在感があります。
私を気に入り買ってくださった風太郎は「美味しい!」とご満悦でした。
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花見の裏 [生きる]

桜が咲き始め、賑やかなお花見の映像が流れて来る季節になりました。
毎年定番で放送されるのは、上野公園のはなやかな宴会姿。
お花見をする予定の前の晩か朝早く席取りをすると、それを宴会の夕方まで
番をしてくれるのは新入社員か路上生活者です。
路上生活者は、持ち込まれた飲食料品は自由に飲み食いできる上に、日当ももらえます。
今が稼ぎ時です。
先日テレビで放映していましたが、空き缶拾い、それを売ってお金にします。
上手な人は拾ったそばから、足で綺麗につぶすか、万力のようなものでペッちゃんこ
にして売ります。風太郎の会社が湯島にあったときには稼ぐ人で
1日に2000~3000円になるときもあると言っていましたが、
先日テレビでは買値が下がり800~1000円位しかならず厳しい状況です。
それもできない体の弱い人は、ゴミ箱に顔を奥深く突っ込み食べられそうなものを探し
空腹を満たすまで、ゴミ箱からゴミ箱へと移動します。
空腹を満たすのに適した場所とそうではない場所が有ります。
繁華街やコンビニエンスストアの前に設置してあるゴミ箱には、
割合と食べ物が有りますので朝早く行動し、
寝坊したらお腹を満足させるのは難しくなります。

段ボールなどで寝床をこしらえるにも、いくばくかのお金を払い
スジを通さないといけないそうです。
勿論一等地は上下水道完備の公衆便所の傍。
その元締めをたどっていくと、怖いお兄さんたちとのこと。
その話が本当だとすると情けないです。


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インフルエンザ予防接種 [生きる]

昨日インフルエンザの予防接種をしてきました。
夕方でしたので、学校帰りや塾帰りの子供連れの親子で院内は溢れています。
風太郎の診察する前に、幼稚園年長位の子どもが注射されようとしている。
子供は不安を吹き飛ばそうと母親に盛んに話しかけています。
やがて「ちょっと ちくっとするけど、我慢してね」と看護師が注射器を見せた瞬間に
泣き出し、逃げ出そうとしますが、母親と看護師にしっかり押さえれています。
「はい、終わりましたよ。よくがまんしましたね。おりこうさん」と看護師に言われ
「どこに注射したの?」と子供は注射したところを探しています。
痛みを感じなかったので、針を刺したのも抜いたのも分からなかったのです。
風太郎は、あまりの可愛さに吹き出してしまいました。
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