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誠実な友は宝 [心の栄養]

のどの麗しい声は、友人を増やし、
舌のさわやかな語りかけは、愛想のよい返事を増やす。
多くの人々と親しく挨拶を交わせ。
だが、相談相手は千人のうち一人だけに限れ。
友をつくるときは、試してからにせよ。
すぐに彼を信頼してはいけない。
都合のよいときだけ友となり、苦難のときには、離れてしまう者がいる。
また、心変わりして敵となる友もいて、争いでお前が吐いた悪口を暴露する。
食事のときだけ友であり、苦難のときには、離れてしまう者がいる。
お前のはぶりがよいと、お前のようにふるまい、
お前の召し使いたちになれなれしくする。
しかし、お前が落ちぶれると、背を向け、お前の目から身を隠す。
敵からは遠ざかれ。友達には気をつけよ。
誠実な友は、堅固な避難所。
その友を見いだせば、宝を見つけたも同然だ。
誠実な友は、何ものにも代え難く、そのすばらしい値打ちは計り難い。
誠実な友は、生命を保つ妙薬。
主を畏れる者は、そのような友を見いだす。
主を畏れる者は、真の友情を保つ。
友もまた、彼と同じようにふるまうから。
(シラ書 6章5節ー17節)

今日のミサで読まれる聖書の一部です
持っている宝石の中でも本当に価値のある宝石少ない。
風太郎にも友達はいる。しかし会った瞬間、話し始めた瞬間に
開放感に溢れ、心が満たされる真の友は少ない。
心にぽっかり穴が開いた時には、
そういう友の一言が何よりも慰めになり嬉しい。
平凡な言葉なのに……。

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善き牧者 [心の栄養]

あなたがたにゆだねられている、神の羊の群れを牧しなさい。
強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。
卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。
ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。
むしろ、群れの模範になりなさい。
ペトロの手紙一 5章2~3節

この世に生きている限り、誰でも牧者になる立場にある思います。
親は子供たちの牧者、兄姉は弟妹の牧者、学校ではクラス委員や生徒会長は級友の牧者、
教師は生徒の牧者、会社では先輩が後輩の牧者、長上は部下の牧者などなど。
みんな牧者であり羊でもある。
羊には良き牧草地で牧するようにしなければいけない。
善き牧者であるならば羊たちも慕ってくる、と解釈しました。

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むやみな争い [心の栄養]

人がお前に害を加えていないなのら、
理由もなく、その人と争うな。
(フランシスコ会聖書研究所 「箴言」3:30)

「ガンをつけた」
「肩が触れた」
「割り込んできた」
などと争いを仕掛けてくる人がいる。
その人達は多分寂しいのだと思う。
誰かとにこやかに話をしたいが、誰も構ってくれない。
その捌け口がこういう形で出てきてしまうのではないか。
こちらは何も謝る理由がなくても、
相手がそれで満足するならば頭を下げるのもいいと思う。
どんな悪人でも「良心」がある。
下げられた方は、いつかしら反省するときが来る。

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隣人に悪を企むな [心の栄養]

信頼してお前と一緒に住んでいる隣人に、
悪を企んではならない。
(フランシスコ会聖書研究所 「箴言」3:29)

自分の家庭、親戚、自国だけでなく地球上は大きな家族。
言葉や習慣、風習が違っても同じ人間同士。
飛行機や船に乗ればどこの地域にも行くことが出来て
初めて会う人とでも楽しい時間を過ごせます。
お互いに信用し信頼しているからこそ、どこへでも行けます。
笑顔でお互いに支えつつ毎日を過ごしたいと思います。


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善い行いを否んではいけない [心の栄養]

お前の手が善を行うことができる時に、
困っている人に、それを拒むな。
(フランシスコ会聖書研究所 「箴言」3:27)

困っている人は、人から助けてもらう権利が少しはある。
また 困っている人がいたならば、
それを助ける義務が少しはあると思います。
できるときに、できる範囲で善を行えば
喜びと満足を得られるのではないでしょうか。

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小さい人 [心の栄養]

人をさげすむとき、
受けた恵みを忘れるとき、
自分の名声を求めるとき、
その人は小さい。
せせらぎ「いにちのうた」人の大きさより

人をさげすませたり、自分の名声を求める人は
はた目から見ても不愉快で好感を持てない。
小さい人は、自分で自分を小さくしてしまい誰からも尊敬されなくなってしまう。
大きな人と言うのは、周囲に気配りをし、嫌味が無く人間味があり尊敬される人、
そういう人の周りには多くの人が集まって来るのではないでしょうか。
人を尊敬できる人は大きい人、人をさげすむ人は小さい人。

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全世界を手に入れても [心の栄養]

人は、たとえ全世界を手に入れても、
自分の命を失ったら、何の得があろうか。
自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。
マルコによる福音書 8章36節

今日のミサの中で朗読される聖書の1節です。
欲は限りがない。
どんなに欲しいものを手にしても、もう欲の目は別なものを見つめている。
だから決して満足することはないと思う。
満足することないものに心血を注ぎ、命までとは言わずとも
健康を害したり、逮捕されてしまったのでは何もならない。

いま与えられているもので満足することが肝心、と解釈しました。


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人の大きさ [心の栄養]

与えることができるとき、
受けることを恐れないとき、
喜びを表せるとき、
悲しみと向き合えるとき、
怒りを抑えることができるとき、
その人は大きい。
せせらぎ「いのちのうた」人の大きさより

自分が微笑むことで、人が和やかな気持ちになる。
誰もやりたがらない役を勇気をもって引き受ける。
達成感に満ちた人ともに喜び、悲しむ人と共に悲しみを分かち合う。
感情に任せて怒りを爆発させたいときに自分をおさえる。
すべてお金がかからず、自分を大きくすることが出来る。
しかし、これと反対のことをして「小さく」してしまうことが多い。
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知識をもっている [心の栄養]

「我々は皆、知識を持っている」ということは確かです。
ただ、知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。
自分は何か知っていると思う人がいたら、
その人は、知らねばならぬことをまだ知らないのです。
コリントの信徒への手紙 1 8章1節-2節

自分が博識で知識が豊富だと自慢している人は
自分を高慢にさせるばかりではなく、はた目からは嘲笑されているかもしれない。
しかし、自分はまだ未熟でまだまだ教えてもらうことが沢山ある、と
自覚している人は、深い知識を有している。
「愛」も自分から「愛情深い」と言っている人は、その逆のことが多い。
でも、深い愛情をもって困っている人に寄り添う人には
愛と感動を分け与えることが出来る、と風太郎は解釈しました。
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友情とは [心の栄養]

友情とは二つの身体に宿っている一つの魂。
二つの魂に宿っている一つの心のことである。
アリストテレス(前384~前322 ギリシアの哲学者)
いのちのうた「友情にまつわる言葉(1)」より

1年のうち1日にでもいいですから、世界中の人達が人種・宗教を超え
武器を捨てて、一心に「平和のために祈る」「平和のために働く」
という日を設けたらいいなぁと思います。
みんな、世界中の人と言葉は違っても友達になれると分っているのに
敢えて紛争を起こすことはありません。
世界中の人が友情を育み、一つの心にしたいですね。

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豪雪にご注意 [北国での生活]

日本海側を中心に記録的な大雪が降り、被害をもたらしています。
言うまでもなく外出はできるだけ避けた方が良いです。
先月13日にホワイトアウトに出食わした風太郎の御忠告として
もし車で出かける場合には、
長靴
予備の靴下
シャベル
携帯電話
防寒衣おお忘れなく。
http://hutarou.blog.so-net.ne.jp/2017-01-13

ホワイトアウトで立ち往生し、救出されるまでの1時間は
不安、不安だらけでした。
救出を待つ間も雪は休むことなく降り続け、車内の暖房は外の寒さに負けてしまい
フロントガラスは薄い氷の幕状態、前が見えずらく余計に不安になります。

短靴だと雪が靴の中に入り込み、それが体温で溶けて靴の中がびちゃびちゃになります。
シャベルは雪道からの脱出には欠かせません。

もし、あの日が携帯電話の電波が届かない地域だったらと思うと、ぞ~とします。
雪は狂気に化ける、ということを念頭に起き慎重に事を行わないと大変なことになります。

周囲の人はまだそんな経験はない、こういうのは一冬に1回あるかないかなので
風太郎はすごい経験したとかいうが、こんなのはまっぴらごめんだ。


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無のひと時 [いろいろな思い]

昨日 登別温泉のホテルに日帰り温泉に行った。
30代前半のお父さんが赤ちゃんを大事そうに入ってきた。
赤ちゃんはお湯をかけられ、身体を洗ってもらう間勢いよく泣いている。
浴槽に入りぼくと目が合うと泣き止み、しばし見つめ合う。
浴槽から出ると再び泣き始め、
その泣き声にお風呂に入っている人は顔がほころぶ。
日帰り温泉に来る人は年齢の高い人が多い。
そのお年寄りに微笑みを与えているのだ。

やがて風呂から上がり、赤ちゃんはお父さんから体を拭いてもらったあと
肌が乾燥しないようにいろいろな保湿剤をつけてもらっている間
嬉し泣きかもしれないが大声で泣いている。
しかし、ぼくと顔が合うとすぐに泣き止みニラメッコが始まる。
オムツをして抱っこしてもらうまでの時間は数分だが
その間のニラメッコは「無」の時間だった。

赤ちゃんの顔を眺めていて、純真無垢の意味が少しわかったような気がする。
生後六カ月、間もなく七カ月に入る赤ちゃんに
素晴らしいひと時を貰うことが出来て嬉しかった。

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悪い付き合いを避ける [心の栄養]

みだらな者、
強欲な者、
偶像を礼拝する者
人を悪く言う者、
酒におぼれる者、
人の物を奪う者がいれば、
つきあうな、そのような人とは一緒に食事もするな。
コリントの信徒への手紙1 5章11節

付き合ったり一緒に食事をしてはならないが
そういう人たちを毛嫌いせず、寄り添っていくことは大事だと思います。


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いのちとは [心の栄養]

いのちとは挑戦です。
それに向かいましょう。
せせらぎ いのちのうた「いのち」より

いのちとは、生きている証です。
いのちにはエネルギーが必要です。
いのちのエネルギーを得るために
風太郎は日常生活において、
何がエネルギーになるか追い求めています。
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forgiveness [心の栄養]

だれかを傷つけたとわかったら、
まず先に謝る人になりましょう。
わたしたちには許し合うことが必要だ、と分らなければ
人をゆるすことができません。
この、ゆるすことこそが、愛の始まりなのです。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)

謝るのには勇気がいる。
勇気をもって頭をさげなければ、そこには嫌悪感が生まれる。
謝ると言うのは、お互いの気持ちを健全に戻し
物的に損害を与えていたならば原状回復することだと思う。
武器を持つ勇気があるならば、それ以上に赦しあう勇気があってもいい。


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高山右近 列福式 [キリスト教に関すること]

高山右近が亡くなって今日で400年目にあたる今日列福されました。
その列福式が
https://www.youtube.com/watch?v=d96PSEkMqHo
で生中継されています。
マザー・テレサが列聖されたのは記憶に新しいですが
高山右近は列福ですので
マザー・テレサは聖人
高山右近は福者と呼ばれます。

マザー・テレサに関してはニュースでも報道されたように奇跡が証明され
それで聖人と認められました。
奇跡とは科学、医学などによっても解明できない超自然的な出来事で、
例えば奇跡によって病気が癒された人は、本人それにたずさった医療関係者は
その証人になり、証拠を提出し、証明しなければなりません。
宗教を超えてこの奇跡に反論、反対意見を唱えることもできますが
実証することが大事です。

高山右近はマニラに追放され、そこで亡くなりましたが
没後15年後にはマニラから列福運動が始まったそうです。
日本では戦国キリシタン大名、外国では信仰厚い高山右近として尊敬されていました。


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私は大根です [生きる]

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胴長の短足。
変なの。
何と言われようとも、私は大根です。
人様の胃を満たすために店先に並びました。
美しい姿の大根と同じ味です。
美しい姿の大根は数多く並んでいますので、個性がありません。
自慢ではありませんが、その点私は個性があり存在感があります。
私を気に入り買ってくださった風太郎は「美味しい!」とご満悦でした。
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人それぞれに味がある [心の栄養]

「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、
その塩は何によって塩味が付けられよう。」
マタイ5章13節

昨日の「地の塩」の1節です。
北国に越してきてからのゴルフ友の一人は、
ゴルフに行くときには必ず風太郎を誘ってくれる。
彼の腕前はプロ級なので、彼と一緒に周りたい人はたくさんいるのに
滅多に他の人といかず風太郎を誘う。
彼は日本を代表する企業の重役さんだった。
なぜ100を切らない風太郎を誘ってくれるのか聞いてみたら
「一緒に周っていて味があるんですよ。だから楽しいんです」
「味!?」
人生を70年やってきて初めて聞いた「ほめ言葉?」です。
風太郎という「地の塩」を好んでくれる人もいる、というのは生きていて嬉しい。
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地の塩、世の光 [心の栄養]

「あなたがたは地の塩である。」
「あなたがたは世の光である。」

有名な聖書の言葉で、今日のミサの中で朗読されます。
ここで注目すべきは「…である」で、
「ありなさい」とか「なるようにしなさい」とかではありません。
勉強のできる同級生がいると羨ましいし、分からない箇所があれば教えてもらえる。
サッカーの試合を観ていても、選手の華麗なボールのさばきには目が見はる。
歌声を聞いていて、感動と希望を与えてくれる。
事業に成功して大金持ちになった人もいる。
どれも周囲の人に生きる喜びを与え、希望の光を照らしてくれる。

もしかして、
無意識のうちに自分も周囲の人達に「塩」「光」を与えているかもしれない。
自分に与えられた持ち味、つまり「能力」をありのままに発揮すること
だと風太郎は解釈しました。



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人間が自由なのは [心の栄養]

人間が自由なのは
真理の中にあるときに限られる。
そして心理は理性によって開かれる。
(女子パウロ会刊「トルストイ ことばのひめくり」より)

何かやましいことをして、それを隠そうとした時に
自由を失っている。
なぜならそれを隠そうとする言い訳、言動などに呪縛されいるからだ。
理性は人間の大切な財産だ。
理性に従って自由にいきたいと思う。
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沈黙ーモデルの墓碑 [映画・落語ほか]

キアラ神父の墓碑(沈黙ーサイレンス、主人公ロドリゴ神父のモデル)
カトリック作家、遠藤周作原作「沈黙」が著名な映画監督マーティン・スコセッシ氏に
よって映画化され、1月21日に全国ロードショーされました。
内容はご存知の通り切支丹弾圧物語、終始重苦しい場面が続きます。
「日本の切支丹への迫害・拷問は世界に類をみない」と言われるくらい残酷な場面が多く、
映画だと分かっていても「どうして、こうまでも人は残酷になれるのだろう」と
考えさせられます。

実在したロドリゴのモデル、イエズス会士ジュゼッペ・キアラ神父が、
行方不明になった師の消息と福音宣教のために密入国し捕まる。
信徒と自分の拷問に耐えられず、いわゆる棄教した後、日本で生涯を閉じるまでの物語です。
迫害時代に来日した司祭・修道士が多数棄教したも言われている。
それは信徒たちの命を救うため、また生きていれば布教ができるからですが、
真実は神様だけがご存知。
映画では、棺桶に収められたロドリゴ神父の合掌した手中に十字架がありました。

モデルとなったキアラ神父の墓碑が調布のサレジオ神学院にあります。
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キアラ神父墓碑
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「沈黙」のモデル キアラ神父
イエズス会士Giuseppe Chiaraは1602年イタリアのシチリア島で生まれ、
1643年鎖国中の日本に潜入し、捕らえられて江戸の切支丹屋敷(文京区小日向)に送られた。
穴吊の拷問に耐えられず棄教したといわれるが、実際には世を去った1685年8月24日
(貞享2年7月25日)まで42年間も幽閉され、「キリスト教要論」(現存せず)3冊著した
ことからみて、信仰に戻ったと思われる。彼に与えられた日本名は「岡本三右衛門」。
尊敬のしるしとして地位の高い戒名を与えられ、墓標に司祭帽が載せられた。
その墓は小石川無量院(現在の伝通院)にあったが、戦時中焼失した後、
雑司ヶ谷共同墓地に移された。
1943年サレジオ会員Tasshinari神父が墓石を発見、許可を得て練馬のサレジオ神学院に移し、
1950年調布神学院に移動した。
遠藤周作著「沈黙」の主人公ロドリゴのモデルとなったのは、このキアラ神父である。
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この墓碑は調布市の郷土遺産に指定されました。
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弱者を世話をする [心の栄養]

病人・子供・老人・貧しい人をとくによく世話してください。
そうすれば神の祝福と人間の好意を受けるでしょう。
ドン・ボスコ社刊「聖ヨハネ・ボスコのすすめ365日」より

人の好意を得られるような行いは、
神様もきっと微笑みをもって見ておられるでしょう。
世話をして貰った人は謝辞を述べ
神様は喜んで祝福を与えてくださいます。
世話をするのは目に見えますが、
神様の祝福や謝辞は目に見えませんが、
耳に心地よさ、心に歓びを与えてくれます。

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