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毎日が祝いの日 [心の栄養]

打ちひしがれた者には、毎日が不吉な日々であるが、
心に楽しみのある人には、毎日が祝いの日である。
(フランシスコ会聖書研究所刊 箴言15章15節)

自分を幸せにするのは、本人の気持ち次第だ。
欲をかかずに今日の生活費がれば満足する人は、その日は楽しく過ごせる。
今日の生活費も明日の分も明後日のも、と欲をかき満たされないと
ガッカリして生活する人は、毎日を下を向いて暮らしてしまう。
澄みきった青空を眺めながら日々を過ごしたい。
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平和を築く決意 [共同祈願]

終戦の日のきょう、
戦争がもたらす犠牲と悲しみの深さを思い起こし、
遭遇する困難を共に乗り越え、
平和を築く決意を一つにすることができますように。
(聖書と典礼2017.8.15より)

東室蘭教会でミサに与ってきました。
司祭(韓国籍)は説教の中で、母の愛はすべての子供に及びます。
子供はそれぞれ性格、個性、男、女、容姿など全部違いますが
お母さんはすべての子供を愛しています。
国が違っても同じです。
戦争などの争いをする人は、「お母さんの愛」を忘れています。
お母さんを愛しながら争う人はいませんん、という内容の説教をしました。

戦争になれば、父母を愛する、兄弟を愛する、友達を愛するという自由は奪われ
ひたすら武器で相手を殺す、という残忍な束縛だけです。

第二次大戦で「天皇陛下万歳」でなく
「おかあさん」と泣き叫びながら戦士していった事実を忘れてはならないと思います。

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身代わりで死刑になった司祭 [生きる]

聖マクシミリアノ・マリア・コルベ司祭・殉教者

地上の地獄であるドイツ。ナチスの収容所、アウシュビッツの囚人たちは、
恐怖におののいていました。

七月二十日、一人の仲間が脱獄して、すべての囚人は、朝から夕方まで、
炎天下に直立不動の姿勢をとらされていました。
何人もが暑さで倒れましたが、罰はまだ終わっていませんでした。
その上、十人の囚人が餓死の刑を受けるのでした。収容所の所長はその列の間を歩いて、
囚人たちの苦しみと不安を長びかせ、やっとその10人を選び出しました。
選ばれなかった人は胸をなで下ろし、
一人の死刑を受ける者の嘆きには耳を貸しませんでした。

十人の中の一人は、「妻や子どもたちには二度と会えない」と嘆き悲しんでいました。
その時、 一人の囚人が進み出て、
「お願いします。私は彼の代わりになりたいのです」と申し出ました。
それを聞いて驚いた所長が、「誰だ」と尋ねると、
「ポーランドのカトリック司祭です」という返事が返ってきました。
所長にとって問題はなかったので、申し出は受け入れられました。

コルベ神父と他の九人は、真っ裸になって、地下牢に入れられました。
アウシュビッツでは、このような刑は初めてではありませんでした。
毎日、牢の監視のために入るナチスの兵隊にとって、
コルベ神父の目に輝く平和な静けさは、耐えられない事でした。
「私たちを見るな。下を向け」と叫ばねばなりませんでした。
十四日後、生き残っていたのは四人だけでしたが、
その中で意識がはっきりしていたのはコルベ神父一人でした。

地下牢は他の処刑者のために必要となり、
四人は、毒物の注射により殺されることになりました。
コルベ神父は祈りながら、自分から腕を差し出し、注射を受けました。
「数分後、私が入ってみると、顔は輝き、日は天を見つめたままで壁によりかかり、
コルベ神父は死んでいました。その姿は高潔そのものでした」と、
ナチスに強いられて手伝っていた囚人の一人が、後で語っています。
サンパウロ刊「ミサの前に読む聖人伝」より抜粋)


コルベ神父については下記に紹介されています
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%99

アウシュビッツでは、囚人が一人脱走しそのまま逃げた場合には10倍の十人、
二人ならば二十人が処刑されたそうです。
どのような環境に置かれても、人は生きる希望を持ち続けます。
劣悪で地獄のようなアウシュビッツでの生活、でもいつかは自由の身になれる、
こんなことは長く続くはずがない、
お互い励まし合いながら日々耐え忍んでいたと思います。
そんな時に突然の「死刑宣告」、むごいです。

「いつかは必ず帰ってくる」と留守宅を守っている家族、
それを思うと死刑を到底受け入れられない囚人に代わって、
コルベ司祭が死刑になりました。
この囚人は生き延びることができ、
終戦後コルベ司祭のお墓に墓参りに行ったと聞きました。
囚人にとっては、八月十四日は生涯決して忘れることができない日だったでしょう。

友のために命を捨てる、 これにまさる大きな愛はない。(ヨハネ十五章十三節)
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うぬぼれ [心の栄養]

うぬぼれる者は忠告を好まない。
彼は賢い者に近づかない。
(フランシスコ会聖書研究所刊 箴言15章12節)

風太郎の経験だと
うぬぼれは耳も心も見えなくしてしまい
全くの盲目状態に陥る。
他人の忠告は安っぽく聴こえ、
親身になって忠告や助言したりする人はうるさくて邪魔くさい。

うぬぼれは自滅に導く麻薬だ。
麻薬中毒にならないように気をつけないといけない。
と自己反省をする。

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核戦争は愚か [いろいろな思い]

核戦争は、全く受け入れないものである。
それは、不道徳で、非人間的で、愚かなことである。
それは、どこでも、諸国家と諸文化を自殺に至らしめるだけである。
事実、人間社会そのものの破壊に至らしめるだけである。
ドン・ボスコ社刊 木鎌安雄著「評伝トマス・マートン」より

トマス・マートンについては下記を参考にしてください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3

トマス・マートンは、半世紀以上前の1962年に上記のことを書き記している。
核戦争は、残すところなくすべてを奪い去る想像を絶する破壊力を持つ、
それを他国への脅迫、侵略、略奪に利用しようとするのは許せないとおもう。

日本は一方的に原子爆弾を落とされ、世界唯一の被爆国となりました。
しかし、いまは核弾頭爆弾を発射した国も、
同じように核爆弾の応酬を受け被爆国となります。
自国民を愛する為政者は、他国民も愛せるはずです。
そうでなければ偽りの愛国者です。
地球が破壊されれば、衣食住にも不自由し、自分をも愛することができなくなります。
自分を大切にすることは、地球をも大切にすることで、
決して放射線などで汚染してはなりません。

核爆弾を保有しているからこそ、使用する可能性がある。
だから核爆弾を放棄する。
こんな分かり易い条約も、かたくなに拒否する為政者がいる。
平和の道を遠くしています。
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無事故で道内旅行を!(2) [いろいろな思い]

先日、姪っ子が鹿と衝突して修理費50余万円かかり、
保険を使って修理したら保険代が1ランク下がってしまった、と怒っていた。
車の破損で済めばいいが、命を落とす場合もあるのでご用心を。

いま日帰り登別温泉に行ってきました。
変な走り方をしているので注意深く見たら、左手はハンドル、
右手はスマホで辺りの景色を撮りながら走っていました。

「ヒアリ」も嫌ですが「ヒヤリ」とさせる運転もやめてほしい。
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無事故で道内旅行を! [いろいろな思い]

夏は道外からの車が多くなります。
風太郎も、雪解けと同時に4月~7月の4か月間で道内を約7000km走りました。
そこで風太郎が気づいた道内の道路状況や交通事情をお知らせします。
以前にも書いたことがありますので一部重複します。
風太郎は東京での生活が長かったので、首都圏との比較になりますがご容赦ください。

トンネルは照明が充分ではない箇所があり、ライトをつけてもはっきり見えない部分がある。
*照明が不十分なのでトンネルに入った瞬間、一瞬見えなくなることがあるので、
 後ろからあおられても速度を十分に落としてトンネルに入るようにする。
 速度を落とすことによって目をならすことができる。
*古いトンネルは幅が狭いので大型車とすれ違う時には充分注意、
 重大事故が起きる可能性がある。
*独善的な速度でなく、車列の速度についていく。
 先月も湘南のオートバイが追い越し禁止車線を約60kmで走行、
 その後ろを走っている車はそれよりも速度が落ち、列が連なりイライラ運転になる。
 やがて追い越し車線が解除になると、次々と追い越しをかけていき、
 とうとう風太郎の車がオートバイの後ろになりました。
 追い越していった車の姿が見えなくなり、風太郎も追い越しをかけようと速度を上げたら、
 緩やかな曲がり角になり、対向車線から車が見えましたので諦めました。
 道内の一般道路では最高速度が80kmという道路もあります。
*車間距離は十分にとる。
 曲がるときには先ずはブレーキを踏み、ウィンカーは曲がる直前、
 あるいは曲がりながら出すのが殆どです。最悪は出さないで曲がる車があります。
 先日、中央車線走っていた車が急に停まったので、「?」と考えていたら右に曲がるのに、
 ウィンカーも出さず対向車線の車が切れるの待っていたんです。
 風太郎の後ろには停車した車の列です。

 別の例では、前に走っていた車が中央車線に寄り、速度を落としたので
 右に曲がるのだろうと勝手に解釈し、左側を通り過ぎようとしたら急に左に曲がってきた
 のでビックリ。助手席には小さい子供が乘っていて、その子が何か欲しがったので
 左側にあるコンビニエンスストアに寄ろうとしたようです。

これらのことで追突や衝突しそになったのは珍しくありません。
白バイも徐々に活動を始め、今月初めに我が地域でも始めて白バイを見かけました。

それから「ゴミポイ」は止めてください。観光地の幹線道路でレジ袋のゴミを多く見かけます。
いまの季節の北海道はさいこ~!、安全運転で楽しい道内旅行をお楽しみください。

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5月下旬の北浜駅 [道内の駅]

行方不明になっている中国の女性が、立ち寄った可能性のある北浜駅です。
うろ覚えだが約50年ほど前にNHK朝の連続ドラマ「旅路」で、
海に一番近い駅というナレーションとともに、北浜駅映像が流れていたように思います。
その時にこの駅に行ってみたいと思ったが、
それが実現したのは、多分10年以上前でした。
ゴルフ友とドライブをしている時に偶然通りかかり、
ハンドルを握っていた風太郎は迷わずに駅に車を停め、
幼馴染にあったようでしばらく眺めていました。
それから数回立ち寄り、5月下旬にも行きました。
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改札口と言っても扉1枚ですがそこを通るとホームです。
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網走方面
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斜里方面
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駅舎の落書き
落書きで有名ですがトイレにもびっしり
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駅の事務室は洋食屋さんになっています
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郵便ポストの横は駅馬車時代のホームみたいです
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空一面真っ赤でした [今日の天気]

4時40分に小鳥に餌をやろうと外に出たら見事な朝焼け。
気温は18度弱、雨がぽつりぽつりと降っているが止みそうだ
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裏の山を見たら虹が出ていました
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見とれていたら白けてきました
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そして雨が降ってきました。
数分の朝焼けと虹、まだ近所の人達も起き出して様子はない。
独り占めしたひと時でした。
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笑い話では済まされぬ [食べること]

近所の独り住まいの奥さんが、救急車で病院に搬送されました。
起き上がろうとしても目まいがし、立ち上がることができない。
はいつくばって電話の所に行き、119番。
救急車が来た騒ぎで、心配してきた懇意にしている人に、
健康保険証や財布を家の中から持ってきてもらい、
それを渡すと救急車は走り出しました。

夕方になり急患は帰ってきて、病名を聞くと「栄養失調」だそうで、
点滴を打ち「入院をする必要はない」と言われ帰宅。
自分でも思いがけない診断に驚きを隠せず
「今の日本に栄養失調なんてあるの?」と
近所の人と笑っていたそうです。

独り暮らしになると、食事も偏りがちになり、食材も気に掛けません。
自分では満足に食べているつもりでも、
気がつかないうちに栄養が不足していたのでしょう。

風太郎も一人だと「3分待てばいい」という食品に頼ってしまいます。
栄養失調で「孤独死」しないように気をつけないといけません。
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