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花畑牧場 [食べること]
昨日ぶらりと道の駅大滝へ行ってみた。
なぜ行ったかといえば、天気が良かったのでつい車に乗ってしまったのだ。
山の中を走ったので、新緑、残雪と微妙な季節を堪能しながら走るのはいまどきだけだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%95%91%E7%89%A7%E5%A0%B4
大滝に来たのには、別な理由があった。
越してきた当時「道の駅大滝」の建物は「花畑牧場」が独占していた。
こんな大きな建物で売店やレストランなどの店は
どうみても、客と店員の均衡がとれていない。
店員は明るく元気に振る舞っているが、品物を見て買う気にはなれない。
実際買う人は少ない。


住居地を探し求め千歳空港に来た時に花畑牧場売店には警備員が二人配置されていて
回転の時間になると警備員が大声で
「花畑牧場の整理券をおもちのかたはお並びください!」と呼びかけ
整理券をもっていたのは4人でした。
「あれ、4人かよ」と警備員が顔を合わせて言っていた。
田中剛社長は苦労して「生キャラメル」を開発したと思う。
でもひと口食べれば十分な甘さ、おまけにお土産に持ち帰るには
保冷袋を210円だして買わねばならない。
東京に帰ってくると会社の近くの松坂屋では朝7時前から長蛇の列。
聴いて見ると9時から「花畑牧場」商品の特別販売があるので整理券を
もらうための行列だという。
長野善光寺門前で代々お店を開いている友人にいいました。
千歳空港の花畑牧場」の状況を説明し
「花畑牧場」の流行は去った。
いろいろと負のうわさが広がった”白い恋人”には適わないだろう」と。
やはり二つ目を口に入れたくなるような「あじ」が大切だと思う。
ある日、テレビで伸介たちが約2時間特番で「花畑牧場」を中継していたが
これは有名人の驕りであろう。
親友としてテレビで応援するのであれば、もっと真に迫った方法があったのではなかろうか。
そうすれば、花畑牧場」はもっと違ったと思うのだが。
なぜ行ったかといえば、天気が良かったのでつい車に乗ってしまったのだ。
山の中を走ったので、新緑、残雪と微妙な季節を堪能しながら走るのはいまどきだけだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%95%91%E7%89%A7%E5%A0%B4
大滝に来たのには、別な理由があった。
越してきた当時「道の駅大滝」の建物は「花畑牧場」が独占していた。
こんな大きな建物で売店やレストランなどの店は
どうみても、客と店員の均衡がとれていない。
店員は明るく元気に振る舞っているが、品物を見て買う気にはなれない。
実際買う人は少ない。


住居地を探し求め千歳空港に来た時に花畑牧場売店には警備員が二人配置されていて
回転の時間になると警備員が大声で
「花畑牧場の整理券をおもちのかたはお並びください!」と呼びかけ
整理券をもっていたのは4人でした。
「あれ、4人かよ」と警備員が顔を合わせて言っていた。
田中剛社長は苦労して「生キャラメル」を開発したと思う。
でもひと口食べれば十分な甘さ、おまけにお土産に持ち帰るには
保冷袋を210円だして買わねばならない。
東京に帰ってくると会社の近くの松坂屋では朝7時前から長蛇の列。
聴いて見ると9時から「花畑牧場」商品の特別販売があるので整理券を
もらうための行列だという。
長野善光寺門前で代々お店を開いている友人にいいました。
千歳空港の花畑牧場」の状況を説明し
「花畑牧場」の流行は去った。
いろいろと負のうわさが広がった”白い恋人”には適わないだろう」と。
やはり二つ目を口に入れたくなるような「あじ」が大切だと思う。
ある日、テレビで伸介たちが約2時間特番で「花畑牧場」を中継していたが
これは有名人の驕りであろう。
親友としてテレビで応援するのであれば、もっと真に迫った方法があったのではなかろうか。
そうすれば、花畑牧場」はもっと違ったと思うのだが。
to women [心の栄養]
女性のみなさん、
あなたや、わたしは女性として生まれ、
愛を理解するという、
途方もなく、すばらしいたまものを持っています。
わたしは、このたまものを、
くる日もくる日も、子どもたちのために苦しみを受け入れ、
それに耐えている貧しい女性たちの中によく見ています。
母親たちはまったく無一文ですが、
施しに頼ってまでもやっていくので、
子どもたちは、なんとか必要なものを得ているのを、
わたしは見てきました。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
母親は自分の子供に与え続けます。
生まれてすぐに乳を与えながら母親の温もりで温めます。
乳を吸っている赤ちゃんの顔を見ている母親の笑顔。
子どもに必要なものは何でも与えることに惜しみません。
今は少し変わってきたような気がします。
妊娠すると体系が崩れる、乳を与えると乳房が恰好悪くなる、などと
赤ちゃんと肌と肌を合わせる時間が少なくなり、それに比例して
愛情も薄くなってきています。
幼児虐待のニュースを聞くたびに一日も早く無くなればと願うこの頃です。
あなたや、わたしは女性として生まれ、
愛を理解するという、
途方もなく、すばらしいたまものを持っています。
わたしは、このたまものを、
くる日もくる日も、子どもたちのために苦しみを受け入れ、
それに耐えている貧しい女性たちの中によく見ています。
母親たちはまったく無一文ですが、
施しに頼ってまでもやっていくので、
子どもたちは、なんとか必要なものを得ているのを、
わたしは見てきました。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
母親は自分の子供に与え続けます。
生まれてすぐに乳を与えながら母親の温もりで温めます。
乳を吸っている赤ちゃんの顔を見ている母親の笑顔。
子どもに必要なものは何でも与えることに惜しみません。
今は少し変わってきたような気がします。
妊娠すると体系が崩れる、乳を与えると乳房が恰好悪くなる、などと
赤ちゃんと肌と肌を合わせる時間が少なくなり、それに比例して
愛情も薄くなってきています。
幼児虐待のニュースを聞くたびに一日も早く無くなればと願うこの頃です。
母の日 [心の栄養]
母の日によせて
重い腎臓病で入院した若い女の子が突然発作を起こし、医者と看護婦の必死の手当てで危機を脱した。
一同ほっとしたとたん、子供が自分を取り巻いている医者や看護婦を両手で押し退けて、
「お母さん」と叫んだ。
いつの間に入って来たのか、ちょうど、見舞いに来たお母さんが、部屋の片隅に、
手を胸に握りしめ、立ちつくしていたのだっだ。
子供が捜し求めていたのは医者や看護婦の手ではなく、母親の手だった。
木下利玄の詩を想起する。
牡丹花は 咲き定まりて 静かなり
花の占めたる 位置のたしかさ
私も、東京の重点爆撃の際、死を前にして心の中で何回となく「お母さん」と呼んだことがある。
そして、母はちゃんと答えて私の傍らにいるのを手で把握するほど感じていた。
60年前に、16歳で母と別れたとき、「困ることがあったらお母さんを呼んでね」と
優しくささやいてくれた母は、私の名を呼びながら息を引きとったそうです。
その瞬間、遠い日本で私は、はっきりと、また、間違いなく、私を呼ぶその声を聞いたのです。
皆さん「お母さん」と心の中で呼ぼうではないか、どうしたらいいか分からないときに……。
「花の占めたる たしかさ」の詩にあるとおり、母は絶対に悩む我が子のそばにとんで来る……
だって、神様はお母さんたちに特別な恵みを与えてくださっているのです。
お母さん、ありがとう……。
God bless you, because you are rny rnother!
(ドン・ボスコ社「落ち葉」より)
筆者はデランジェラ氏はイタリア生まれ
1937年来日、後司祭になり宮崎、大阪で学校長として教育に携わり
1985年勲4等瑞宝章叙勲。
先週の日曜日は母の日でした。
母の日商戦に乗りながら母に感謝するのもいいですが、やはり一番は
「お母さん、ありがとう」の生の感謝の言葉だと思います。
イタリアにいる母が、筆者が日本に居てもいつも傍らにいると思っていました。
風太郎も母はもういませんが、母親は天国においても子供たちを気にかけています。
重い腎臓病で入院した若い女の子が突然発作を起こし、医者と看護婦の必死の手当てで危機を脱した。
一同ほっとしたとたん、子供が自分を取り巻いている医者や看護婦を両手で押し退けて、
「お母さん」と叫んだ。
いつの間に入って来たのか、ちょうど、見舞いに来たお母さんが、部屋の片隅に、
手を胸に握りしめ、立ちつくしていたのだっだ。
子供が捜し求めていたのは医者や看護婦の手ではなく、母親の手だった。
木下利玄の詩を想起する。
牡丹花は 咲き定まりて 静かなり
花の占めたる 位置のたしかさ
私も、東京の重点爆撃の際、死を前にして心の中で何回となく「お母さん」と呼んだことがある。
そして、母はちゃんと答えて私の傍らにいるのを手で把握するほど感じていた。
60年前に、16歳で母と別れたとき、「困ることがあったらお母さんを呼んでね」と
優しくささやいてくれた母は、私の名を呼びながら息を引きとったそうです。
その瞬間、遠い日本で私は、はっきりと、また、間違いなく、私を呼ぶその声を聞いたのです。
皆さん「お母さん」と心の中で呼ぼうではないか、どうしたらいいか分からないときに……。
「花の占めたる たしかさ」の詩にあるとおり、母は絶対に悩む我が子のそばにとんで来る……
だって、神様はお母さんたちに特別な恵みを与えてくださっているのです。
お母さん、ありがとう……。
God bless you, because you are rny rnother!
(ドン・ボスコ社「落ち葉」より)
筆者はデランジェラ氏はイタリア生まれ
1937年来日、後司祭になり宮崎、大阪で学校長として教育に携わり
1985年勲4等瑞宝章叙勲。
先週の日曜日は母の日でした。
母の日商戦に乗りながら母に感謝するのもいいですが、やはり一番は
「お母さん、ありがとう」の生の感謝の言葉だと思います。
イタリアにいる母が、筆者が日本に居てもいつも傍らにいると思っていました。
風太郎も母はもういませんが、母親は天国においても子供たちを気にかけています。
跳ねる春 [生きる]
原発再開に思う [事件・事故・災難]
原発再開が水面下で決められているような論議が目立つ。
建前はあくまでも安全第一。
本音は電力不足、原発所在地の町は財力不足になる。
それで思うのだが、原発賛成の関係者は原発の直近に住むことを
義務付けてはいかがであろうか。
政府関係、国会議院、原子力委員会、原子力保安員、電力会社重役、
地方議員、町村議員らの家族はそこで生活することを法律で定める。
そうすれば、結論ありきの無意味な論議をしなくてもいいし
国民に納得いく報告書がまとめられるのではなかろうか。
建前はあくまでも安全第一。
本音は電力不足、原発所在地の町は財力不足になる。
それで思うのだが、原発賛成の関係者は原発の直近に住むことを
義務付けてはいかがであろうか。
政府関係、国会議院、原子力委員会、原子力保安員、電力会社重役、
地方議員、町村議員らの家族はそこで生活することを法律で定める。
そうすれば、結論ありきの無意味な論議をしなくてもいいし
国民に納得いく報告書がまとめられるのではなかろうか。
愛することは許されること [心の栄養]
sinner [心の栄養]
わたしは罪深い人間です、と自分では言うけれど、
だれか他の人にそう言われると、憤慨するでしょう。
もし、いわれのないことで非難されたら、
苦しむかもしれませんが、
どんな小さなことでも、
事実に基づいて罰されると、それが当然である場合、
わたしはもっと傷つくでしょう。
自分の欠点が人々に知られることを、
喜んで受け入れなくてはなりません。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
傷口は自分で触るのはさほど痛くないが、ひとに触られると痛い。
風太郎もそれと似ている。
風太郎は虚栄と偽善で自分を見せている。
だからひとから、風太郎のことを言われるのは嫌である。
仮面が一枚いちまいはがされてあられもない自分自身を
さらけ出すのに耐えられない。
でも自分の目よりもひとの目の方が
風太郎の真の姿を見ているという自覚を持たねばならない。
だれか他の人にそう言われると、憤慨するでしょう。
もし、いわれのないことで非難されたら、
苦しむかもしれませんが、
どんな小さなことでも、
事実に基づいて罰されると、それが当然である場合、
わたしはもっと傷つくでしょう。
自分の欠点が人々に知られることを、
喜んで受け入れなくてはなりません。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
傷口は自分で触るのはさほど痛くないが、ひとに触られると痛い。
風太郎もそれと似ている。
風太郎は虚栄と偽善で自分を見せている。
だからひとから、風太郎のことを言われるのは嫌である。
仮面が一枚いちまいはがされてあられもない自分自身を
さらけ出すのに耐えられない。
でも自分の目よりもひとの目の方が
風太郎の真の姿を見ているという自覚を持たねばならない。
撮りに行ったのに採ってきてしまった [食べること]
土手の桜の写真を撮りに行こうとカメラをもって散歩にでた。
先日の大雨により来馬川河原の汚れ方はひどい。
枯れ草や土砂が春の若草を踏みしめている。
桜の木々は咲きそうで咲かないと言った状態だ。
その中で花を開き目立とうという木を見つけたので、レンズを向けカシャ。
撮った写真を観ようと画面を見ると「カードがはいってません」。ガクッと気落ち。
家に帰るのが面倒なのでそのまま散歩を続けた。
やく1km上流に歩いて行くと土手に「コゴミ」があるのを見つけた。
芯が濃い緑ではなく葉と同じ綺麗な緑だ。
それを採って帰ることにした。
途中犬を散歩しているご婦人に
「あら!ぜんまいですか。危ないです(毒草を食べて亡くなっている)から気をつけてくださいよ」
と言葉をかけられて不安になる。
家に持ち帰ると妻は
「これ本当にコゴミなの。隣の家に行って聞いてくる」と確認しに行った。

「間違いなくコゴミだって。天ぷらかお浸しが美味しい。これくらいなら葉っぱごと食べられるそうよ」
と教えてもらった妻はお浸しにした。

鰹節をまぶして食べた。
柔らかくて美味しい。
まさに春の贈物!。今の時期しか味わえない自然のお恵みだ。
先日の大雨により来馬川河原の汚れ方はひどい。
枯れ草や土砂が春の若草を踏みしめている。
桜の木々は咲きそうで咲かないと言った状態だ。
その中で花を開き目立とうという木を見つけたので、レンズを向けカシャ。
撮った写真を観ようと画面を見ると「カードがはいってません」。ガクッと気落ち。
家に帰るのが面倒なのでそのまま散歩を続けた。
やく1km上流に歩いて行くと土手に「コゴミ」があるのを見つけた。
芯が濃い緑ではなく葉と同じ綺麗な緑だ。
それを採って帰ることにした。
途中犬を散歩しているご婦人に
「あら!ぜんまいですか。危ないです(毒草を食べて亡くなっている)から気をつけてくださいよ」
と言葉をかけられて不安になる。
家に持ち帰ると妻は
「これ本当にコゴミなの。隣の家に行って聞いてくる」と確認しに行った。

「間違いなくコゴミだって。天ぷらかお浸しが美味しい。これくらいなら葉っぱごと食べられるそうよ」
と教えてもらった妻はお浸しにした。

鰹節をまぶして食べた。
柔らかくて美味しい。
まさに春の贈物!。今の時期しか味わえない自然のお恵みだ。
greatest love [心の栄養]
(昨日の続きです)
わたしは彼女の前で、
自分自身を反省しないではいられませんでした。
もしわたしが彼女だったら、なんと言っただろうか?
と自問してみました。
答えは簡単でした。
わたしはおそらく、自分白身に注意を引き寄せようとしたでしょう。
きっと、おなかがすいています、死にそうです、
寒いのです、痛くてたまりません、などと言ったでしょう。
彼女は、わたしが与えたものよりも、
はるかに多くのものをわたしに与えてくれました。
これこそ偉大な愛なのです。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
臨終の間際にも相手に気配りしたことば。
きっと彼女はとても広い心をもった愛情深いひとだったと思います。
人ごみでちょっとぶつかっただけで相手をにらみ返すのではなく
お互いに自分が悪いと謝れば、心も清々しい。
今日一日、隣人を気遣う生活をするように努力してみようと思います。
わたしは彼女の前で、
自分自身を反省しないではいられませんでした。
もしわたしが彼女だったら、なんと言っただろうか?
と自問してみました。
答えは簡単でした。
わたしはおそらく、自分白身に注意を引き寄せようとしたでしょう。
きっと、おなかがすいています、死にそうです、
寒いのです、痛くてたまりません、などと言ったでしょう。
彼女は、わたしが与えたものよりも、
はるかに多くのものをわたしに与えてくれました。
これこそ偉大な愛なのです。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
臨終の間際にも相手に気配りしたことば。
きっと彼女はとても広い心をもった愛情深いひとだったと思います。
人ごみでちょっとぶつかっただけで相手をにらみ返すのではなく
お互いに自分が悪いと謝れば、心も清々しい。
今日一日、隣人を気遣う生活をするように努力してみようと思います。
thank you [心の栄養]
貧しい人たちは、ほんとうにすばらしい人たちです。
ある夜、わたしたちは路上から四人の人を連れて帰りました。
そのうちのひとりは、とてもひどい状態でした。
わたしはシスターたちに、
あの三人の人たちを看てください、
わたしは、いちばん容体の重いこの人を看ますから、と言いました。
それからわたしは、真心こめて彼女のお世話をしました。
彼女をベッドに横たえると、
その顔には、なんとも言えない美しいほほえみが浮かびました。
彼女はわたしの手を握り、
たった一言、
「ありがとう」と言って亡くなりました。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
ひとの死は貧富の差、老若男女関係なくいつ訪れてくるかわかりません。
その時に親戚、兄弟姉妹、そのほか今までお世話になったひとに
「ありがとう」と言って亡くなることができるだろうか。
いままで自分一人の力で生きてきたのではないということを
肝に銘じておかなければならない。
そしてその時がきたら笑顔で
「ありがとう」との一言が言えるように心がけておこうと思います。
ある夜、わたしたちは路上から四人の人を連れて帰りました。
そのうちのひとりは、とてもひどい状態でした。
わたしはシスターたちに、
あの三人の人たちを看てください、
わたしは、いちばん容体の重いこの人を看ますから、と言いました。
それからわたしは、真心こめて彼女のお世話をしました。
彼女をベッドに横たえると、
その顔には、なんとも言えない美しいほほえみが浮かびました。
彼女はわたしの手を握り、
たった一言、
「ありがとう」と言って亡くなりました。
(女子パウロ会刊「マザー・テレサ日々のことば」より)
ひとの死は貧富の差、老若男女関係なくいつ訪れてくるかわかりません。
その時に親戚、兄弟姉妹、そのほか今までお世話になったひとに
「ありがとう」と言って亡くなることができるだろうか。
いままで自分一人の力で生きてきたのではないということを
肝に銘じておかなければならない。
そしてその時がきたら笑顔で
「ありがとう」との一言が言えるように心がけておこうと思います。
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